水の都の流れ星

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懐疑の森

「自分は、食べられるものは作れるようだが、一般的な意味では料理が下手らしい」
…というのがこの間の疑惑だったけれど、
思えば毎日ひそかに疑っていることはかなりあります。

…え?キャベツはなかったから、今日は大豆とひじき煮ときました。
入れる野菜やこんにゃく、油揚げを、力んで普段より細かく切るわかりやすい自分(苦笑)
今日も、食べられますが上手ではないですね、たぶん。

それにしても…

無農薬、有機栽培、無添加、○○さんが作った野菜、マクロビオティック、国産…
…って、ただほとんどの場合パッケージ表面などにそう書いてあるだけですよね?
皆ほんとうに信じてるの?っていつも不思議です。
信じていた人ごめんなさい。
もちろん安全なものは食べたいけれど、疑ったから食が細くなるどころか、
じゃあなんでも同じだね、と食べる量が変わらないところがわたしですな(笑)

食品の表示だけじゃなくて、
書いてあることは常に100%信じてはいない、
といいながらブログを書くという矛盾。
新聞の記事もドキュメンタリーも、どんなに真剣に書いていても、
予断や思い込みや偽情報その他が入っていないとは限らない、と思っています。
都合の悪いことは書かないに違いない、とも思います。

ノンフィクション、と銘打たれると疑いが生まれ、
フィクションとことわりが入れば、なんとなく安心して受け入れる、
なんて倒錯なの、と思いつつも、実際長年そう考える習慣があります。

もっとわからないのは猫の気持ち、犬の気持ち、
そして、人の気持ち。

たとえばビンゴがフィガロを舐めているのは、
わたしをぺろぺろしてくるのは、
うわーかわいい、じゃなくて、
実は味見してるのかな、とか。
まあ冗談…だと信じたいですが(笑)。

喜んでいるとか悲しんでいるとか、自分の気持ちを勝手に投影しているだけ?
物言わぬ動物たちを相手には、ときどきそんな風に疑いながら、
彼らの本当の気持ちを、常に探っています。

ただ、動物が飼い主を好きな場合、気持ちが同調しやすい、とか、
ビンゴはわたしを頼りにしているらしい、とか、
彼はおっとっとのことが大好きだ、とか、
フィガロはわたしとビンゴにしか心を許していない、とか、
ゆりは見かけによらず、わたしたちのことが大好きだ、とか、
そういう、核になるような、理屈ではない実感があって、それはさすがに疑っていないし、
だからこそ仲良く生きていけるんだな、と思います。

人の気持ちは、言葉がはさまる分もっと複雑です。
わたしは若いころからあまり言葉に裏表がなくて、
他の人が「遠慮して言わない」とか「実はお腹の中では別のことを考えている」
そして、本当にまれに「本音が聞けることもある」
という、この世の中のシステムがよくわかっていませんでした。

相手の気持ちを考えたところで、それは自分の頭の中の相手、なわけで、
本当の気持ちは、本人しかわからない…まあ当たり前のことですが。
とりあえず自分ひとりだけでも「悪気はなかった」という言い訳をしないように心がけてます。

疑っては、それでは人間関係動物関係が立ち行かないところまで頭の中でつきつめて、
んぁ~めんどくせぇ!と、ちゃぶ台返しをしては、
実はあんまりそういうことは考えていないのがわたしの日常。
でもその実、深いふかい疑いの森をうろうろしているような気もするのです。
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  1. 2010/12/05(日) 09:22:42|
  2. どーでもいい話
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  4. | コメント:1

懐疑

いきなりノロケのようで悪いけど、
うちのおっとっとほど、わたしと食べ物の好みが合うやつはいません。
もしかしてうちの真の絆とは、食べ物なのか?というぐらい。
これを出せば険悪な雰囲気もやわらぐ、という品目がいくつかあるのは確かに最強。
おいしいものを食べて機嫌がなおる、という性格が共通しているのもあるけれど。

うちでご飯を食べてくれる友達も、好みはかなり近いと思われます。
でも、ひとんちでご飯食べておいて、「これってさぁ」と批判する人もそういないかな。

がさつなわたしは包丁ワークが弱点です。
キャベツが百切りになる、あのタイプです。
イタリア料理はそんなわたしのためにあるような料理です。
家にまな板がないことも珍しくないお国柄ですし、
あんまり几帳面に切って少量美しく盛り付けると、なにやらまずそうに見える料理でもあります。

だから…わたしはずっと、料理下手ではない、と思い込んでいました。
が、特に理由もなく最近、そのわずかな自信がゆらいでいます。
サイトや本で、いろいろ基本料理のレシピをじろじろ見ている今日この頃。

お茶やお花や、その他の伝統芸能に限らず、先人が経験から学んだ型というものがあって、
それを自分がオリジナルで超えているわけがないんだから、まず基本ですか。
キャベツ、千に切る特訓とかしたほうがいいですか。

お菓子はレシピどおりに計って手順を忠実に踏まないとうまくいかないのはわかっていたけど、
料理は思いっきり目分量。母がそうだったからかもですが。
でもそれは間違いだったかもかもかも。

あるところでふと目にした、
「レシピどおり、若い娘のような素直~な気持ちでそのまんま作るのが一番」
というフレーズが、いろいろ途中でアレンジしてしまうわたしの課題です。
「若い娘」からなんと遠いところに来たものよ(遠い目)
  1. 2010/12/04(土) 03:00:52|
  2. どーでもいい話
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